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雛人形の展示

 

内裏雛(だいりびな)

内裏雛(だいりびな)
 
内裏雛(だいりびな)
内裏雛の名称は元禄(1688〜)ごろから使われていますが、衣裳雛、装束雛御所雛のよび名もありました。内裏雛は、雛段の最上段に飾られる雛で、高貴なお方夫婦になぞられて作られたといわれています。男雛は束帯風に冠、笏を持ち、女雛は十二単風に宝冠をつけ、檜扇を持っています。
 

江戸風の雛飾り(ひなかざり)

江戸風の雛飾り(ひなかざり)
 
江戸風の雛飾り(ひなかざり)

江戸(東京)雛飾りはもっぱら内裏雛の後ろに屏風を立てて飾りました。御殿を飾るのは京あたり(京都、大阪)で流行し、江戸ではきわめて少なかったようです。

 

江戸前期の雛飾り

江戸前期の雛飾り
 
江戸前期(1615〜1699)ころの3月の節句の人形は、紙雛と座雛だけでした。(普通の家では、紙雛だけを2、3対飾っていたようです。)「日本歳時記」(貞享5年、1688年)によると、平台に屏風を立て、立雛と座雛を並べて飾っています。雛道具は食器類のみで、中央に菱餅が供えてあります。このころは「雛遊び」とよばれていました。
 

江戸中期の雛飾り

江戸中期の雛飾り
 
江戸中期(1700〜1799)ころになると初節句の祝いも次第に始まり、雛をととのえたり、親類縁者から雛の贈物を受けたりします。雛段も宝暦(1751〜64)ころ2段・3段になり、安永(1772〜81)ころには4段・5段で飾る家もできてきます。段飾りの最上部は座雛で、立雛は下の段になってゆきます。
 

江戸後期の雛飾り

江戸後期の雛飾り
 
江戸後期の雛飾り
江戸後期(1800〜1867)になると雛段も7段・8段と賑やかに豪華となり、雛人形も15名となります。内裏雛、三人官女、五人囃子、随身、仕丁がそろい、雛道具も膳部のほか箪笥、長持、茶の湯道具、乗り物など、武家の婚礼調度を模したものが数多く飾られます。江戸の終わり頃には、現在の段飾りの形式が出来あがりました。
 

京風の雛飾り

京風の雛飾り
 
京風の雛飾り
京あたりでは、雛の館のことを御殿、御厨子などといいました。京都の雛飾りは、御殿に内裏雛、官女(3人)、随人、衛士、桜と橘御所車などで、江戸風にくらべ、簡素で古風です。御殿は、紫宸殿と源氏枠、豆御殿があります。源氏枠とよぶのは、「源氏物語絵巻」などの屋内を描く構図から、屋根なしの建物になっています。江戸中期には飾られています。
 

天児・這子(あまがつ・ほうこ)

天児・這子(あまがつ・ほうこ)
 
天児・這子(あまがつ・ほうこ)
平安・室町時代に、幼児の災厄を祓うもの、安産のお守り、災難よけとして登場します。江戸時代に入ると天児は貴族階級這子は武家や庶民の間で用いられ、やがて雛祭りが盛んになると天児を男、這子を女にみたて雛段に飾ったりもしました。天児は日本の人形の原点ともいわれ、這子は縫いぐるみの祖型ともいわれています。
 

立 雛(たちびな)

立 雛(たちびな)
 
立 雛(たちびな)
雛段に座雛と共に立てて飾ったので立雛といいます。江戸初期には、紙雛が天児・這子の形を基本として登場します。頭は丸く、男雛の袴と女雛の帯は金紙で、小袖は室町風俗を写した模様が描かれています。男雛は袖を左右に張り、女雛は裾広の熨斗形です。江戸中期以降は頭が長くなり、布製の立雛も現れます。江戸前期には紙雛だけを2・3対飾ったり、座雛と共に上段に飾っていますが、中期以降は、下段に飾り添えの人形のようになります。
 

享保雛(きょうほうびな)

享保雛(きょうほうびな)
 
享保雛(きょうほうびな)
江戸中期の享保(1716〜)ごろ現れたので享保雛とよばれています。高さは45センチから60センチ余りのものもあり大型の雛です。頭は長めで能面風、少し口を開き切れ長の目をしています。装束は金欄や錦で、男雛は束帯風で袖を左右に張り、女雛は厚い五衣に唐衣・裳姿、袴に綿を多く入れふくらませています。この雛から髪を植え、男雛は冠、女雛は宝冠をつけるようになります。
 

次郎左衛門雛(じろうざえもんびな)

次郎左衛門雛(じろうざえもんびな)
 
次郎左衛門雛(じろうざえもんびな)
京都の人形師雛屋(岡田)次郎左衛門が考案したという雛です。丸い顔に一線の目、小さな鼻(引目鈎鼻)におちょぼ口が特徴です。男雛は黒袍の束帯姿、女雛は五衣に唐衣裳姿です。江戸中期宝暦11年(1761)江戸に進出し日本橋の室町で売り出してから人気が出ました。
 

有職雛(ゆうそくびな) 

有職雛(ゆうそくびな) 
 
有職雛(ゆうそくびな) 
有職雛は実際の公家の装束を忠実に写した雛です。江戸中期宝暦(1751〜)ごろから公家衆が特に注文してつくらせたもので、一般には売り出されませんでした。頭は写実的です。男雛の装束で、衣冠雛、直衣雛、小直衣雛、狩衣雛などとよびます。女雛の髪はオスベラカシで、白小袖に小桂、紅袴など男雛と見合った装束にして一対にします。
 

古今雛(こきんびな)

古今雛(こきんびな)
 
古今雛(こきんびな)
古今雛は江戸中期明和(1764〜)ごろ、江戸の上野池端の大槌屋が十軒店の原舟月に頭をつくらせ売りだしたもので、古代の風俗と現今の好みを織り交ぜてつくった華麗な雛で、次郎左衛門雛にかわって人気をえました。男雛は黒綾の束帯姿、女雛は、裳唐衣に宝冠をつけます。明治以降の内裏雛は、この古今雛の型を踏襲しています。
 

雛あらし

雛あらし
 
雛あらし
3月の雛祭りの供物を近所の子ども達がもらい歩いたり、女性や若者が家々の雛を見て歩き接待を受けることをいいます。用瀬では、旧暦3月3日午後雛あらしを終えてから流しびな行事を行います。
 

加茂人形(かもにんぎょう) 

加茂人形(かもにんぎょう) 
 
加茂人形(かもにんぎょう)
加茂人形は、御所人形、嵯峨人形と共に京人形を代表する人形です。加茂人形は柳の木彫で、にこやかな笑顔の、縮緬の衣裳をつけた木目込みの人形です。伝承によれば江戸中期元文(1736〜)ごろ、京都加茂神社で働いていた高橋忠重が、神具の柳筥を作った余材で余技に作ったのが始まりといわれています。
加茂人形は、意外に現存する作品が少なく尼門跡寺院のほか、好事家に蒐集されています。貴重な人形です。
 

押絵雛(おしえびな)

押絵雛(おしえびな)
 
押絵雛(おしえびな)
押絵細工(人物や花鳥)は、江戸時代に婦人の細工物として流行しました。押絵で雛を作り、竹串で台座にたたせたものも商品として出廻っています。秋田、松本、鳥取、九州の一部では昭和になっても作られていました。また、押絵雛を雛の軸に数段さして飾った地方もあります。
 

雛の掛軸(かけじく)

雛の掛軸(かけじく)
 
雛の掛軸(かけじく)
内裏雛、官女、五人囃子などを描いた軸物は、江戸中期ごろからみられます。江戸中期天明、寛政(1781〜)のころの絵本に、重陽の節句に雛の軸をかけて雛祭りをしている絵があります。この軸物は、明治以降も雛祭りに登場しています。庶民の雛として普及していました。
 

竹田人形

竹田人形
 
竹田人形
大阪道頓堀、竹田の芝居(人形からくり芝居)の姿をうつし作られたといいます。歌舞伎役者が独特のみえをきったポーズの表現です。面相の表情、頭・手・足の動きは躍動感にあふれています。因幡地方(鳥取県東部)では、雛人形と一緒に飾る風習がありました。
 

雛道具

雛道具
 
雛道具
江戸前期ごろは、ごく簡単な雛道具でしたが江戸中期以降雛祭りが盛んになるにつれ、道具類もふえ、精巧なものが作られてきます。なかには、蒔絵をほどこし、金銀の飾り金具をつけるなど豪華なものができます。雛道具は大名家や上流階級の婚礼調度を模して作られたようで、明治以降も雛飾りの道具として重要な役割をになっています。
 

御所人形(ごしょにんぎょう)

御所人形(ごしょにんぎょう)
 
御所人形(ごしょにんぎょう)
江戸時代中期に生まれています。幼児のあどけなさを象徴的にとらえた御所人形は、出産祝い、子宝の願い、旅の無事を祈る人形として愛されていました。白く美しい肌色から白肉人形。大名などから宮中へ献上物があったときの返礼としたところからお土産人形。その他伊豆蔵人形、頭大人形などとも呼ばれています。御所人形は、宮廷や公家、門跡寺院などで愛玩されていたところからこの名がつきました。
 

芥子人形(けしにんぎょう)

芥子人形(けしにんぎょう)
 
芥子人形(けしにんぎょう)
芥子人形は江戸時代の書物にみられます。いたって小さい人形をいっていますが、江戸中期以降流行しています。大型の雛が幕府の禁令で制限されたことの反動とも見られ、精巧で高価なものがつくられています。展示の童子は、五人囃子で江戸時代のものです。
 

衣裳人形(いしょうにんぎょう)

衣裳人形(いしょうにんぎょう)
 
衣裳人形(いしょうにんぎょう)
衣裳人形は衣裳を着た人形で、着せ替え人形は含まれません。衣裳人形は2種類に大別できます。丸くてかわいらしい童子姿人形と、婦女、遊女、若衆など当世の風俗を写した浮世人形と呼ばれる人形です。浮世人形は江戸中期に流行し髪型や衣服など忠実に写しているので風俗資料として価値の高い人形です。展示の人形は笠はないが、衣笠童子(嵯峨人形)ではないかと思われます。
 

土雛・雛天神

土雛・雛天神
 
土雛・雛天神
土雛も雛天神も土で作った人形です。土人形は、江戸時代初期(1615〜)京都の伏見(深草、伏見)でつくられた伏見人形が元祖だといわれています。この伏見人形が全国各地に広まり、各地のさまざまな土人形を数多く登場させました。土雛は、江戸中期から明治にかけ衣裳雛の代用品として農村で多く飾られています。雛天神は江戸時代雛段に飾られています。男の子の誕生にこの雛を送り祝う地方もありました。
 

市松人形(いちまつにんぎょう)

市松人形(いちまつにんぎょう)
 
市松人形(いちまつにんぎょう)
江戸時代中期ごろから雛段に飾られています。子ども姿の人形で、当時の風俗の衣裳を着せたり、ぬがせたり、抱いたり、負ったりしてかわいがられた人形です。(三つ折れ人形もある)江戸中期寛保(1741〜)ごろ俳優佐野川市松に模して作ったのでこの名でよばれます。江戸ではただの人形とよんでいたようです。

高校生以上 300円
  (15名以上団体割引/
  200円)
中学生以下 無料
障がい者等の方 無料
  (証明となるものを提示)

開館時間/9:00~17:00
休 館 日/
 ・毎週水曜日
    ※祝日の場合は開館
 ・年末年始

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もちがせ 流しびなの館

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鳥取県鳥取市用瀬町別府32-1
TEL.0858-87-3222
FAX.0858-87-3169

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